泥ダンゴとデザイン。

2010.11.13

今日は朝から近くにある、市立の幼稚園が企画した泥だんご作りに家族みんなで行きました。ほとんどがお母さんと子供が一緒に来ていましたが、お父さんと子供、お母さんとおじいちゃんと子供というのも数組ありました。

昨日から中国からの黄砂がひどいので、喘息アレルギーの僕は顔と首にホワイトワセリンを塗って顔に被膜を作り、帽子をかぶり、マスクをして挑みました。首元が空いていて黄砂でかゆくなるかもしれないと思った僕は、クローゼットから妻のスカーフを首に巻いて幼稚園に行こうとしたら、止められました。

泥ダンゴは子供よりも大人が夢中になっていました。泥ダンゴの名人と呼ばれる人が来ていて、各テーブルを見て回って指導してくれました。

僕が作ったのを見せたら「無理矢理作った感じがすると言われました。」「やっぱりそう思いますか?」とマスク越しに僕が言ったら、「砂と言うのは数ミリ単位からミクロ単位まであって、初めは目が荒い砂しかダンゴにつかないから表面がザラザラしているけれど、手を動かしていくとだんだんと自然により細かい砂、そしてミクロの砂しかつかなくなってツルツルになるんや。無理に擦ったり指で伸ばしてツルツルになったダンゴは見たらすぐわかる。」と言われました。

名人の話を聞いたらもう一度作ってみたくなりました。自然に委ねて手を動かしていたら今度は上手に出来ました。名人に「今回のはどうですか?」とは聞かなかったけれど、もし聞いていたら「今回はうまい事できている」と言ったと思います。

名人の作った泥ダンゴを見せて貰いましたが、ピカピカに光り輝いていて金色の玉に見えました。大人も子供も名人の泥ダンゴのあまりの輝きに歓声をあげて興奮していました。

名人のダンゴを見終わってからはみんな目の色を変えて作りだしました。がんばれば名人の様な光輝くダンゴが作れるんだと思ったんだと思います。

泥ダンゴ作りもデザインも、何か大きな所から始まって、段々と形になっていくプロセスは同じです。

名人が言った、「無理矢理作った感じ」という言葉が忘れられません。モノというのは無理矢理作るのではなく、理由があり、プロセスがあってこそ「生まてくるモノ」なんだと思います。無理矢理作ったりしたら名人にばれちゃいます。とても怖いなと思いました。