凧あげの哲学。

2012.01.06

遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。今年も皆さまにとって素晴らしい一年でありますように。

お正月は子供を引き連れて凧揚げに出かけるのがボクの楽しみのひとつであります。自称『永遠の凧揚げ少年』(37歳)。凧揚げは、いかに風を感じる事ができるか。その一言に尽きますね。

無風の状態でいくら走っても凧はあがらないし、かといって風が強い日は誰だって簡単に凧をあげてしまう事ができる。凧揚げの醍醐味は、「自分と風と凧とのストイックな関係」にはじまり、他者を巻き込んだ「オイラの凧カッコいいだろ!」や「えっ!何でこんな風であんなに高く凧をあげちゃうのよ?!」の優越感に尽きるんじゃないでしょうか。

一瞬の風を読み、走り、そして一気にあげる。まるで戦国武将の様。地上より風の強い上空まであげてしまえば凧は安定。 そして安定したからと言って油断は禁物です。上空では風がビュンビュン。凧糸を持っているのが精一杯の状態。あまりにも強く引っ張れられるので、正直ビビってしまって少し泣きそうになったり。「巻き上げるのも大変だし...何でこんなに糸を繰り出しちゃったのよ」って後悔。

男の凧あげに人生哲学あり。万物にタイミングあり。物事の采配はタイミングが決めるのも確か。それにしても、無我夢中で走り続ける子供の凧揚げの何とシンプルで純粋な事。『風が吹くまでひたすら走るか。』『風が吹いたら一気に走るか。』子供との遊びは大人をより豊かに、そして予想外の気付きをもたらしてくれるのであります。

本年もよろしくお願い致します。
2012年1月吉日 山中史郎